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進級
来週からまた手話の勉強が始まります。
養成クラスの2期生となります〜。
上級クラスから養成クラスに進級するにあたり試験が行われました。
内容…というよりは、判定が超アマアマと言われるこの試験。
大丈夫だろうとは思っていても、やはり受講許可の連絡が来ないと不安でございます。
無事に?続けられる事が決まり一安心。
ですがですが……。
受験に来たメンバーが、少なくてとても残念。
仕事の都合、親の介護、そのほか色々と有るようで。
上級クラスを一緒に卒業した全員が進級する事が理想だったけれど。
目標である「地域手話通訳者」を目指す事だけが聴覚障害者への支援ではないと思っているので、それぞれの場所で活躍される事を願います。
当の「地域手話通訳者」の合格率がめちゃ低い。
今のままでは、確実に無理。
首の皮一枚繋がった機会を大切にして、頑張ろうと思います。
逃げ出さないように、応援(見張り?)よろしく。
( ̄∀ ̄)
♪写真と本文の繋がりはありません。
養成クラスの2期生となります〜。
上級クラスから養成クラスに進級するにあたり試験が行われました。
内容…というよりは、判定が超アマアマと言われるこの試験。
大丈夫だろうとは思っていても、やはり受講許可の連絡が来ないと不安でございます。
無事に?続けられる事が決まり一安心。
ですがですが……。
受験に来たメンバーが、少なくてとても残念。
仕事の都合、親の介護、そのほか色々と有るようで。
上級クラスを一緒に卒業した全員が進級する事が理想だったけれど。
目標である「地域手話通訳者」を目指す事だけが聴覚障害者への支援ではないと思っているので、それぞれの場所で活躍される事を願います。
当の「地域手話通訳者」の合格率がめちゃ低い。
今のままでは、確実に無理。
首の皮一枚繋がった機会を大切にして、頑張ろうと思います。
逃げ出さないように、応援(見張り?)よろしく。
( ̄∀ ̄)
♪写真と本文の繋がりはありません。
百華
4月10日、義祖母が虹の橋を渡りました。
1911年生まれ。
明治、大正、昭和、平成と時代を過ごしてまいりました。
縁あって家族になってから17年。
最後の5年間は、残念ながら義祖母の記憶からワタクシ消えてしまいましたが…。
お寺さんが多忙だったり、火葬場の連休があったりして、15日お通夜、16日告別式でした。
両日はお天気も良く、桜吹雪で桜色の絨毯が敷かれていたり、庭にはカラフルに色々な花も満開でした。
花を育てる事が好きだったので、花も見送りをしていた様でした。
見送る親類も多く、つながりを理解するのに時間が必要な方も大勢いました。
義祖母は当時では珍しい恋愛結婚でした。
娘や孫たちに、結婚相手は自分で捕まえろ!と自分のロマンスを自慢気に話をする、珍しい肉食系女子でした。
エロい話も好きだった記憶が…。
実際にも?魚より肉が好きで、肉料理を作るととても喜んで食べてくれました。
阪神大震災の頃、「この間の地震もすごかったなぁ」と話すので、ちょっと前となると奥尻島か宮城沖か?と聞いてみても違い、「ちょっと前だよ!」と何度も言うので、何歳の頃の話なのか探りを入れました。
「ババァが15か16ん時だよ(←自分の事をババァと呼ぶ)」
関東…ちょっと…前でしたか…と、恐れ入りました。
お盆の頃、上半身真っ裸にスカート姿。
人が集まるから、豊満だったそのおっぱいは隠した方が良いですよ〜とか言って服を着ていただいたり。
ひぇ〜〜と思いつつも、楽しい思い出話は色々とあります。
またジワジワと思い出してみようと思います。
101年本当にお疲れ様でした。
これからは安らかに?ね!?
1911年生まれ。
明治、大正、昭和、平成と時代を過ごしてまいりました。
縁あって家族になってから17年。
最後の5年間は、残念ながら義祖母の記憶からワタクシ消えてしまいましたが…。
お寺さんが多忙だったり、火葬場の連休があったりして、15日お通夜、16日告別式でした。
両日はお天気も良く、桜吹雪で桜色の絨毯が敷かれていたり、庭にはカラフルに色々な花も満開でした。
花を育てる事が好きだったので、花も見送りをしていた様でした。
見送る親類も多く、つながりを理解するのに時間が必要な方も大勢いました。
義祖母は当時では珍しい恋愛結婚でした。
娘や孫たちに、結婚相手は自分で捕まえろ!と自分のロマンスを自慢気に話をする、珍しい肉食系女子でした。
エロい話も好きだった記憶が…。
実際にも?魚より肉が好きで、肉料理を作るととても喜んで食べてくれました。
阪神大震災の頃、「この間の地震もすごかったなぁ」と話すので、ちょっと前となると奥尻島か宮城沖か?と聞いてみても違い、「ちょっと前だよ!」と何度も言うので、何歳の頃の話なのか探りを入れました。
「ババァが15か16ん時だよ(←自分の事をババァと呼ぶ)」
関東…ちょっと…前でしたか…と、恐れ入りました。
お盆の頃、上半身真っ裸にスカート姿。
人が集まるから、豊満だったそのおっぱいは隠した方が良いですよ〜とか言って服を着ていただいたり。
ひぇ〜〜と思いつつも、楽しい思い出話は色々とあります。
またジワジワと思い出してみようと思います。
101年本当にお疲れ様でした。
これからは安らかに?ね!?
宇宙遊泳
手話講習会、上級クラスの全行程が終わり、先日終講式を終えました。
あっという間におわってしまうので、まだまだ何も出来てない!と、毎年後悔が残ります。
ここまで出来れば上々ってな事が無いだけに、苦しいまま終わりを迎えます。
今回の終講式ではクラスの代表挨拶をしました。
当日は、原稿を読むだけなので負担は少なめでしたが、この様な経験はそうあるものではないので、緊張の塊でした。
一年間の感想をクラスのみんなから集めて文章にしました。
それぞれが色々なことで悩み苦しみもがいていることを知りました。
一緒に授業を受けて、休憩時間に色々と話している時には感じる事のない深い内容でした。
発表の時間が決められていたので、すべてを盛り込む事は出来なかったけれど、可能な限りを文章にしてみました。
添削を色々な人にお願いしながら、良い形に収まったかなぁと。
手話表現担当者とも、ほぼ毎日のように会って練習しました。
手話担当者が休んだ場合は、代行でワタクシが手話表現をします。
いわゆる…カバーってやつです。
担当者と同じだけ出来ている必要があるけれど、普通の練習では、読む練習もしなくちゃいけないし、呼吸を合わせる必要もあるし…で、手話練習はなかなか出来ませんので、夜な夜な地味に練習をしました。
手話表現担当者も、最後は腕に湿布を貼るに至るまで練習をしたようでした。
本当に最後の最後まで頑張って練習をした成果が実ったようで、最高に良かったと誉めてもらってました。
ワタシはやや後方で原稿を読んでいたので、その最高を見る事が出来ずに残念だったけど、彼女の顔に心残りが無く見えたので、ワタクシも満足な気分になりました。
それにしても、みんな深く考えて深く悩み、深く苦しみ、真剣に戦っているのだなぁ〜と知りました。
打ち上げではさらにそれぞれの涙を見ました。
お陰様で、あまり真剣に考えてなくて、中途半端でいい加減な自分に気が付きました。
○○にして惑わず…とは違って、地に足が着いていないだけの自分でありました。
ポジティブといえば聞こえはいいけど、考えの浅いワタクシでありました。
そんな半面、「自分vs自分」では闘いは負けっぱなし。
こころもからだも無重力。
あっという間におわってしまうので、まだまだ何も出来てない!と、毎年後悔が残ります。
ここまで出来れば上々ってな事が無いだけに、苦しいまま終わりを迎えます。
今回の終講式ではクラスの代表挨拶をしました。
当日は、原稿を読むだけなので負担は少なめでしたが、この様な経験はそうあるものではないので、緊張の塊でした。
一年間の感想をクラスのみんなから集めて文章にしました。
それぞれが色々なことで悩み苦しみもがいていることを知りました。
一緒に授業を受けて、休憩時間に色々と話している時には感じる事のない深い内容でした。
発表の時間が決められていたので、すべてを盛り込む事は出来なかったけれど、可能な限りを文章にしてみました。
添削を色々な人にお願いしながら、良い形に収まったかなぁと。
手話表現担当者とも、ほぼ毎日のように会って練習しました。
手話担当者が休んだ場合は、代行でワタクシが手話表現をします。
いわゆる…カバーってやつです。
担当者と同じだけ出来ている必要があるけれど、普通の練習では、読む練習もしなくちゃいけないし、呼吸を合わせる必要もあるし…で、手話練習はなかなか出来ませんので、夜な夜な地味に練習をしました。
手話表現担当者も、最後は腕に湿布を貼るに至るまで練習をしたようでした。
本当に最後の最後まで頑張って練習をした成果が実ったようで、最高に良かったと誉めてもらってました。
ワタシはやや後方で原稿を読んでいたので、その最高を見る事が出来ずに残念だったけど、彼女の顔に心残りが無く見えたので、ワタクシも満足な気分になりました。
それにしても、みんな深く考えて深く悩み、深く苦しみ、真剣に戦っているのだなぁ〜と知りました。
打ち上げではさらにそれぞれの涙を見ました。
お陰様で、あまり真剣に考えてなくて、中途半端でいい加減な自分に気が付きました。
○○にして惑わず…とは違って、地に足が着いていないだけの自分でありました。
ポジティブといえば聞こえはいいけど、考えの浅いワタクシでありました。
そんな半面、「自分vs自分」では闘いは負けっぱなし。
こころもからだも無重力。
脱線 [手話]
未熟で無知な身分ながら・・・・・・・、** 「手話言語法学習会」の講演会に参加してきました。
資料を読むだけでは分からない空気をいっぱい吸ってきました。
今回の参加者は約200名だったそうです。
本筋とは大きく反れますが、「ろう者」と「難聴・中途失聴者」のちょっとした意識のズレを感じてまいりました。
今までは、なぜ同じ「聴覚障害」なのに、連盟が2つに分かれているのだろうかと疑問がありました。
ろう者には「手話」が一番の言語であること。
難聴・中途失聴者は「手話」は音声と共に付属する、補助的なものであること。
「手話」と「日本語対応手話」は違う!とは学んだけれど、漠然とはイメージ出来ても、肌で感じたのは初めてでした。
また、本筋とは大きく反れますが、手話通訳者の素晴らしいこと。
何をどのように・・とは説明できないけれど、そーやって訳すのかぁ、そー言い換えるのかぁ、そーやって言葉を選ぶのかぁ・・・・と。
もう、感動と尊敬の嵐。
100の手話がほぼ100%の音声になって降ってきたって感じ。
あの領域に入るには、あと50年は必要かも。
本編についてはじわじわと消化していこうと思います。
* * * * * * *
聴覚障害者の意思疎通手段である手話が使いやすい社会環境整備を目指す、「手話言語法」制定を求める声が、聴覚障害者の間で高まっている。
国際条約批准に向けた国内法整備手続きが来春メドに進むなか、聴覚障害者団体は「手話が法律の中で『言語』として位置付けられることで、どこでも堂々と手話が使える社会になってほしい」と訴えている。
「手話言語法は1947年の団体創立以来の悲願」。聴覚障害者でつくる全日本ろうあ連盟の石野富志三郎理事長は力を込める。
国連の「障害者の権利条約」は手話を言語と認めており、フィンランドやニュージーランドなどは法律で言語と位置付けている。
日本も2007年に条約に署名。批准に向けた国内法整備の一環で、来春にも障害者基本法に手話を言語と認める条文を盛るかどうか、国の「障がい者制度改革推進会議」で議論が進む。
同連盟はさらに手話言語法を定め、公共施設への手話通訳常駐の義務付けなど、公的言語としての手話活用の具体策が示されることを期待。
石野理事長は「今はまたとないチャンス」と語る。
同連盟は10月、手話言語法の制定を目指す研究会の第1回会合を東京都内で開催。大学の手話研究者や手話通訳士のほか、内閣府と厚生労働省の障害者政策の担当者もオブザーバーで出席した。11年春をめどに報告書をまとめる方針だ。
同連盟は、全国の聴覚障害者約35万人のうち、手話を日常的に使う人は5万~10万人と推定。他のコミュニケーション手段では筆談や唇の動きを読む読話法もある。
しかし、法律上手話は「言語」として規定されておらず、公立のろう学校でも正式科目にはなっていない。病院や役所なども手話通訳を置いていないところが多い。
同連盟の久松三二事務局長は会社員時代、「経費がかかり、社内の秘密が漏れる恐れもある」と手話通訳の同席を認められず、「仲間はずれのようだった」と振り返る。「法的に言語と認められれば、手話を使える環境整備が進むはずだ」
だがハードルは高い。厚労省・障害保健福祉部の矢田宏人自立支援振興室長は「法律の内容次第では新たな予算措置が必要になる」と指摘。「そうしたコストに国民の理解が得られるかが重要」と話している。
某新聞より引用文
資料を読むだけでは分からない空気をいっぱい吸ってきました。
今回の参加者は約200名だったそうです。
本筋とは大きく反れますが、「ろう者」と「難聴・中途失聴者」のちょっとした意識のズレを感じてまいりました。
今までは、なぜ同じ「聴覚障害」なのに、連盟が2つに分かれているのだろうかと疑問がありました。
ろう者には「手話」が一番の言語であること。
難聴・中途失聴者は「手話」は音声と共に付属する、補助的なものであること。
「手話」と「日本語対応手話」は違う!とは学んだけれど、漠然とはイメージ出来ても、肌で感じたのは初めてでした。
また、本筋とは大きく反れますが、手話通訳者の素晴らしいこと。
何をどのように・・とは説明できないけれど、そーやって訳すのかぁ、そー言い換えるのかぁ、そーやって言葉を選ぶのかぁ・・・・と。
もう、感動と尊敬の嵐。
100の手話がほぼ100%の音声になって降ってきたって感じ。
あの領域に入るには、あと50年は必要かも。
本編についてはじわじわと消化していこうと思います。
* * * * * * *
聴覚障害者の意思疎通手段である手話が使いやすい社会環境整備を目指す、「手話言語法」制定を求める声が、聴覚障害者の間で高まっている。
国際条約批准に向けた国内法整備手続きが来春メドに進むなか、聴覚障害者団体は「手話が法律の中で『言語』として位置付けられることで、どこでも堂々と手話が使える社会になってほしい」と訴えている。
「手話言語法は1947年の団体創立以来の悲願」。聴覚障害者でつくる全日本ろうあ連盟の石野富志三郎理事長は力を込める。
国連の「障害者の権利条約」は手話を言語と認めており、フィンランドやニュージーランドなどは法律で言語と位置付けている。
日本も2007年に条約に署名。批准に向けた国内法整備の一環で、来春にも障害者基本法に手話を言語と認める条文を盛るかどうか、国の「障がい者制度改革推進会議」で議論が進む。
同連盟はさらに手話言語法を定め、公共施設への手話通訳常駐の義務付けなど、公的言語としての手話活用の具体策が示されることを期待。
石野理事長は「今はまたとないチャンス」と語る。
同連盟は10月、手話言語法の制定を目指す研究会の第1回会合を東京都内で開催。大学の手話研究者や手話通訳士のほか、内閣府と厚生労働省の障害者政策の担当者もオブザーバーで出席した。11年春をめどに報告書をまとめる方針だ。
同連盟は、全国の聴覚障害者約35万人のうち、手話を日常的に使う人は5万~10万人と推定。他のコミュニケーション手段では筆談や唇の動きを読む読話法もある。
しかし、法律上手話は「言語」として規定されておらず、公立のろう学校でも正式科目にはなっていない。病院や役所なども手話通訳を置いていないところが多い。
同連盟の久松三二事務局長は会社員時代、「経費がかかり、社内の秘密が漏れる恐れもある」と手話通訳の同席を認められず、「仲間はずれのようだった」と振り返る。「法的に言語と認められれば、手話を使える環境整備が進むはずだ」
だがハードルは高い。厚労省・障害保健福祉部の矢田宏人自立支援振興室長は「法律の内容次第では新たな予算措置が必要になる」と指摘。「そうしたコストに国民の理解が得られるかが重要」と話している。
某新聞より引用文
ムタ [手話]
今月のイベント。
初級者、上級者、合同講習会がありました。
ろう者の方々に来ていただきました。
4つのグループに分かれ、ろう者のお話を聞かせていただきました。
生い立ちや、普段の生活、子育てなどテーマは色々。
現在も4才と1才児の現役ママさんのお話が、とてもすごかったです。
現在も妊娠8ヶ月。
子育ては、旦那さん(ろう者)と2人だけでしています。
しばらく実家で子育てをしているとか、両親の助けを借りつつ…という子育ての話はよく聞きますが、まったく他者の助けを借りずに2人だけで育てているそうです。
お腹が空いたら赤ちゃんは泣くけれど、親には聞こえない。
ミルクをあげる前に「ミルクちょうだい」という手話を毎回見せてから授乳をしたそうです。
すると、寝返りが出来る頃には親にポンポンとしてから「ミルクちょうだい」と手話をするのだとか。
彼女の子育て方法もびっくりしたと共に、赤ちゃんの生命力やら学習能力にびっくりした次第で。
…読み取りOKかな???
講習会が終わった後は交流会。
ろう者の方々には引き続きお付き合いして頂き、楽しく雑談させてもらいました。
そこで登場するのは…。
「上級者、一発芸披露!」
幹事から白羽の矢が当てられ、今回はやる事になってしまいました。
お題「家政婦のムタ」
知る人ぞ知る、家政婦のミタのパロディ。
爆笑という賛辞を頂き、無事に終わりました。
当然他者とのやり取りは手話付き。
承知した内容は。
・犬と遊びたいの〜。
・お魚が食べたい〜。
・モノマネがみたい〜。
カーテンコールで自己紹介「当地域の松嶋ナナコです♪」とウソをつきましたが、ナナココールを頂き、良い気分でした。
先生には…普段の授業もこの位表情豊かに表現しようよ…でした。
うひゃゃゃ〜。
楽しい一時でした。
初級者、上級者、合同講習会がありました。
ろう者の方々に来ていただきました。
4つのグループに分かれ、ろう者のお話を聞かせていただきました。
生い立ちや、普段の生活、子育てなどテーマは色々。
現在も4才と1才児の現役ママさんのお話が、とてもすごかったです。
現在も妊娠8ヶ月。
子育ては、旦那さん(ろう者)と2人だけでしています。
しばらく実家で子育てをしているとか、両親の助けを借りつつ…という子育ての話はよく聞きますが、まったく他者の助けを借りずに2人だけで育てているそうです。
お腹が空いたら赤ちゃんは泣くけれど、親には聞こえない。
ミルクをあげる前に「ミルクちょうだい」という手話を毎回見せてから授乳をしたそうです。
すると、寝返りが出来る頃には親にポンポンとしてから「ミルクちょうだい」と手話をするのだとか。
彼女の子育て方法もびっくりしたと共に、赤ちゃんの生命力やら学習能力にびっくりした次第で。
…読み取りOKかな???
講習会が終わった後は交流会。
ろう者の方々には引き続きお付き合いして頂き、楽しく雑談させてもらいました。
そこで登場するのは…。
「上級者、一発芸披露!」
幹事から白羽の矢が当てられ、今回はやる事になってしまいました。
お題「家政婦のムタ」
知る人ぞ知る、家政婦のミタのパロディ。
爆笑という賛辞を頂き、無事に終わりました。
当然他者とのやり取りは手話付き。
承知した内容は。
・犬と遊びたいの〜。
・お魚が食べたい〜。
・モノマネがみたい〜。
カーテンコールで自己紹介「当地域の松嶋ナナコです♪」とウソをつきましたが、ナナココールを頂き、良い気分でした。
先生には…普段の授業もこの位表情豊かに表現しようよ…でした。
うひゃゃゃ〜。
楽しい一時でした。
めでてえな
新年おめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。
母のミチコは辰年。
叔母のミチコも辰年。
8月予定のイトコの第二子も辰年。
女の子だったら「ミチコ」と名付けて欲しい所ですな。
(ちなみに…叔母のメイの名前もミチコ)
渋温泉に行きました。
上信越道は初めて利用しました。
♪「浅間は特に活火山〜」
♪「北に犀川、千曲川〜」
浅間山 と 逆光の八ヶ岳
県歌の信濃の国を歌いながら、その実物を楽しみました。
八ヶ岳も反対側から…若干、ガスっていて残念でしたが、楽しく眺めておりました。
写真がすべて絵はがきのように写ります。
9種類の源泉があり、巡る事が出来ます。
が。
3ヶ所が精一杯。
二泊くらいでゆっくりと楽しむといいのかも。
朝、ご近所の地獄谷の猿が遊びに来てました。
小布施で記念撮影。
栗おこわが美味しかったデス。
姨捨のトンネルを境に松本方面は晴れてました。
日本海側と太平洋側のお天気の分岐なんですねぇ・・たぶん。
梓川PAから見えた常念岳がカッコいい!
アルプスでかい~~♪♪
惚れ直しました。
中央道から見ている景色とは対岸の上諏訪温泉に宿泊しました。
記念にはくちょう丸に乗りました。
湖表が少し凍ってました。
諏訪湖のイルミネーション
右側は諏訪湖花火大会のメイン打ち上げ島なんだって
片倉館
(片倉館は製糸工場の女工さんたちを短時間で一気にお風呂に入れるには、効率よく立たせたまま入浴させるのがよかろう・・と作られたそうで。別名の「千人風呂」の名の由来)
そうそう、松本では病院で越冬中の母を連れて、有名老舗デパートに行きました。
新年お年玉抽選券をもらったので、くるくると3回しました。
そしたら〜3等賞が当たりました♪
景品は、電気ストーブorカタログギフトでした。
もちろんカタログギフトで頂きました。
当選者の名前を貼り出すと言うので、母の名前を残して来ました。
今年も隠居生活を楽しみます♪
どちらさまも。
どうぞよろしく♪♪
今年もどうぞよろしくお願いします。
母のミチコは辰年。
叔母のミチコも辰年。
8月予定のイトコの第二子も辰年。
女の子だったら「ミチコ」と名付けて欲しい所ですな。
(ちなみに…叔母のメイの名前もミチコ)
渋温泉に行きました。
上信越道は初めて利用しました。
♪「浅間は特に活火山〜」
♪「北に犀川、千曲川〜」
浅間山 と 逆光の八ヶ岳
県歌の信濃の国を歌いながら、その実物を楽しみました。
八ヶ岳も反対側から…若干、ガスっていて残念でしたが、楽しく眺めておりました。
写真がすべて絵はがきのように写ります。
9種類の源泉があり、巡る事が出来ます。
が。
3ヶ所が精一杯。
二泊くらいでゆっくりと楽しむといいのかも。
朝、ご近所の地獄谷の猿が遊びに来てました。
小布施で記念撮影。
栗おこわが美味しかったデス。
姨捨のトンネルを境に松本方面は晴れてました。
日本海側と太平洋側のお天気の分岐なんですねぇ・・たぶん。
梓川PAから見えた常念岳がカッコいい!
アルプスでかい~~♪♪
惚れ直しました。
中央道から見ている景色とは対岸の上諏訪温泉に宿泊しました。
記念にはくちょう丸に乗りました。
湖表が少し凍ってました。
諏訪湖のイルミネーション
右側は諏訪湖花火大会のメイン打ち上げ島なんだって
片倉館
(片倉館は製糸工場の女工さんたちを短時間で一気にお風呂に入れるには、効率よく立たせたまま入浴させるのがよかろう・・と作られたそうで。別名の「千人風呂」の名の由来)
そうそう、松本では病院で越冬中の母を連れて、有名老舗デパートに行きました。
新年お年玉抽選券をもらったので、くるくると3回しました。
そしたら〜3等賞が当たりました♪
景品は、電気ストーブorカタログギフトでした。
もちろんカタログギフトで頂きました。
当選者の名前を貼り出すと言うので、母の名前を残して来ました。
今年も隠居生活を楽しみます♪
どちらさまも。
どうぞよろしく♪♪
はんせい
どちらさまもイロイロとお世話になりました。
先日の演奏会では、一番手入場でございました。
「猫背で、どこかのバーサンかと思ったよ」なんて言われました。
二番手入場の方に「ゆっくり歩いてくださいね」と言われて、そればかり気を付けていました。
いかんです・・・。
次回は気を付けて入場します♪
毎年この時期に第九を歌うと、自分の成長具合が確認できます。
確実に去年よりも楽に歌えるようになりました。
夏に「どうしてもダメなら低い楽譜にしてやるよ!」との約束で練習を始めた歌。
どうしても思い切って出せない高音部。
ひーひーひぃぃぃぃぃ~~と、撃沈を何度繰り返したことか。
まだまだ技術的に未熟なところはありますが、今ある全てで望めたような気がします。

手話方面では。
覚えたつもりでも、ポロポロと単語を忘れ・・。
音声に合わせると抜け落ちること多々。
電車の中で指文字の練習している時はまぁまぁ出せてるのに、人前になると指が動かなくなったり間違えたり。
読み取りも、集中できてる時間が短すぎたり。
こちらは反省ばかり。
3月には試験が待っているのに大ピンチ。
焦ってばかりいても仕方ないです。
どちらも、こつこつ頑張ります。
3月の震災以降、普通に暮らせる、好きなことが出来る、自由でいられるって、本当に幸せな事と思いました。
人間が便利を強要するってのは、自然に対して無理を強いているのかな。
少し不便で足りないこモノがあっても、自分の知恵で豊かに暮らしたい。
自然と共存出来たらいいなぁ。
周りの大切な家族や仲間と一緒に、来年も楽しく元気でありたいと思う今でした。
そろそろ蕎麦の支度ですね。
信州そばで年越しします。
みなさま、また来年もどうぞよろしく♪♪
先日の演奏会では、一番手入場でございました。
「猫背で、どこかのバーサンかと思ったよ」なんて言われました。
二番手入場の方に「ゆっくり歩いてくださいね」と言われて、そればかり気を付けていました。
いかんです・・・。
次回は気を付けて入場します♪
毎年この時期に第九を歌うと、自分の成長具合が確認できます。
確実に去年よりも楽に歌えるようになりました。
夏に「どうしてもダメなら低い楽譜にしてやるよ!」との約束で練習を始めた歌。
どうしても思い切って出せない高音部。
ひーひーひぃぃぃぃぃ~~と、撃沈を何度繰り返したことか。
まだまだ技術的に未熟なところはありますが、今ある全てで望めたような気がします。

手話方面では。
覚えたつもりでも、ポロポロと単語を忘れ・・。
音声に合わせると抜け落ちること多々。
電車の中で指文字の練習している時はまぁまぁ出せてるのに、人前になると指が動かなくなったり間違えたり。
読み取りも、集中できてる時間が短すぎたり。
こちらは反省ばかり。
3月には試験が待っているのに大ピンチ。
焦ってばかりいても仕方ないです。
どちらも、こつこつ頑張ります。
3月の震災以降、普通に暮らせる、好きなことが出来る、自由でいられるって、本当に幸せな事と思いました。
人間が便利を強要するってのは、自然に対して無理を強いているのかな。
少し不便で足りないこモノがあっても、自分の知恵で豊かに暮らしたい。
自然と共存出来たらいいなぁ。
周りの大切な家族や仲間と一緒に、来年も楽しく元気でありたいと思う今でした。
そろそろ蕎麦の支度ですね。
信州そばで年越しします。
みなさま、また来年もどうぞよろしく♪♪
in 松本
松本第九が終わってからすでに一週間が経ってしまいました。
てへ。
昔、昔、その昔。
2002年、サイトウ記念フェスティバルとかで小澤征爾が松本で第九を指揮する!
の、合唱団で参加している老夫婦の番組を見ました。
そのご夫婦は、合唱をした経験は無いけれど、死ぬまでに1度は第九を歌ってみたいと、応募したそうです。
昼間は野菜を作り、夜は40分車で移動して練習に通いました。
移動中も車内で第九の練習。
その微笑ましい映像を見て、「ワタシも死ぬまでに一度は第九を歌ってみたい!」と当時思ったものです。
その後、ワタクシは第九を歌う機会に恵まれて何度でも死んでも良い状態に至っているわけですが…。
松本でも第九を歌ってみたいなぁ〜みたいな野望が生まれ、病院で越冬中の母の世話も兼ねて参加申込みをしました。
本当なら9月にコンサート終了していたけれど、松本の地震で日程が延びて12月に変更。
そのおかげ?で参加が可能となりました。
合唱練習はマエストロ直々でした。
常にアッサリしており、ふむふむ…この位歌えていれば良いでしょう…って感じで終了。
片道3時間の労働が、空で泳いでしまうような虚脱感。
普段の濃厚背脂たっぷりな練習を恋しく思ってしまいました…遠い目。
当日は丸山マイストロが常任である柏崎の方からの応援もあり、いたるところに歓喜があふれているものの…ワタシ的にはどこかアッサリしたような?感じでした。
「キミ、上手いね〜横で歌ってて楽しかったよ!」と言って下さったテナーのお兄さま。
「後ろからの声を聞いて、一緒に歌っている感じがとても楽しかった」とか「横で歌っているのを聞いて、安心して便乗して歌えた」とか。
木に登ってしまうようなお言葉をいただきました。
良い人ばかり〜♪
またご一緒出来る機会があると良いなぁ〜と思う次第で。
来年は炎のコバケン+日フィルで予定があるそうです。
ご興味のある方はぜひ参加してみて下さいませin松本♪
今回は松本の第九に参加できた事、素敵な知り合いも出来たし、のびのびと歌って、母とも遊べたし、松本の夜空で皆既月食も楽しめたので、忙しく慌ただしい日々でしたが、いろいろと満足でした♪
てへ。
昔、昔、その昔。
2002年、サイトウ記念フェスティバルとかで小澤征爾が松本で第九を指揮する!
の、合唱団で参加している老夫婦の番組を見ました。
そのご夫婦は、合唱をした経験は無いけれど、死ぬまでに1度は第九を歌ってみたいと、応募したそうです。
昼間は野菜を作り、夜は40分車で移動して練習に通いました。
移動中も車内で第九の練習。
その微笑ましい映像を見て、「ワタシも死ぬまでに一度は第九を歌ってみたい!」と当時思ったものです。
その後、ワタクシは第九を歌う機会に恵まれて何度でも死んでも良い状態に至っているわけですが…。
松本でも第九を歌ってみたいなぁ〜みたいな野望が生まれ、病院で越冬中の母の世話も兼ねて参加申込みをしました。
本当なら9月にコンサート終了していたけれど、松本の地震で日程が延びて12月に変更。
そのおかげ?で参加が可能となりました。
合唱練習はマエストロ直々でした。
常にアッサリしており、ふむふむ…この位歌えていれば良いでしょう…って感じで終了。
片道3時間の労働が、空で泳いでしまうような虚脱感。
普段の濃厚背脂たっぷりな練習を恋しく思ってしまいました…遠い目。
当日は丸山マイストロが常任である柏崎の方からの応援もあり、いたるところに歓喜があふれているものの…ワタシ的にはどこかアッサリしたような?感じでした。
「キミ、上手いね〜横で歌ってて楽しかったよ!」と言って下さったテナーのお兄さま。
「後ろからの声を聞いて、一緒に歌っている感じがとても楽しかった」とか「横で歌っているのを聞いて、安心して便乗して歌えた」とか。
木に登ってしまうようなお言葉をいただきました。
良い人ばかり〜♪
またご一緒出来る機会があると良いなぁ〜と思う次第で。
来年は炎のコバケン+日フィルで予定があるそうです。
ご興味のある方はぜひ参加してみて下さいませin松本♪
今回は松本の第九に参加できた事、素敵な知り合いも出来たし、のびのびと歌って、母とも遊べたし、松本の夜空で皆既月食も楽しめたので、忙しく慌ただしい日々でしたが、いろいろと満足でした♪
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